夏休みになって、だんだんと田舎に帰省する人が増えてきたみたいね。
私のクラスの子でも、親戚が泊まりに来たって人が何人かいたわ。
私達の場合、住んでるところが田舎町ですからなぁ……。
まあ、行き帰りのことを考えると、高速道路を使ってまで田舎に帰りたいとも思わないけどね。
確かにな。
高速料金の値上げや帰省ラッシュ……。
俺達にはあまり関係ないかもしれんが、問題がないわけではないからな。
うむむ……妙に現実的な御意見、どうも……。
でも、私が心配しているのは、そんなことじゃないんだよね。
照瑠や犬崎君は、『ターボババア』って噂を聞いたことない?
ターボババア?
な、なんなの、それ……?
何って訊かれても、私も正体はよくわかんないんだけど……。
とりあえず、新手の妖怪の一種なのかな。
一説によると、深夜の東北自動車道に出現することがあるらしいよ。
まあ、噂によっては他の高速道路に出現するって話もあるようだから、油断はできないんだけどさ。
俺達の町に来るために使うのは、東北ではなく関越自動車道だからな。
関係がない……と言いたいところだが、嶋本の話を聞く限りでは、他の高速道路に出現しないという保証はなさそうだな。
高速道路に出る妖怪か……。
なんとなく、どんな妖怪なのか想像はつくけど……どうせ、聞かなくても勝手に説明始めるんでしょ?
えへへ、まあね。
ターボババアっていうのは、その名の通り物凄く足の速いお婆さんなんだ。
深夜の高速道路で、時速100km以上のスピードで車を走らせていると……どこからともなく現れて、車を追い抜いて行くんだって。
車を追い抜くって……そのお婆さん、別に自動車やバイクに乗ってるわけじゃないんでしょ!?
うん、そうだよ。
お婆さんは、あくまで『自分の足』で走って車を追い抜くんだ。
しかも、車を追い抜くときに、運転手の顔を見てニヤリと笑うんだってさ。
そのとき、お婆さんと目が合ってしまった人は……必ず、事故に遭って死んじゃうんだって……。
ま、まあ、深夜の高速道路で、いきなりそんな奇妙なお婆さんに会ったら、びっくりして事故も起こすわよね……。
でも、ちょっと待って。
もしも、そのお婆さんと目が合った人が事故で死ぬなら……今の話、絶対に他人には伝わらなくない?
ふっふっふ……。
まあ、確かにそんな気もするけどね……。
実は、ターボババアに会った全ての人が、事故で死ぬってわけでもないみたいなんだ。
死ぬのは決まって運転手が多くて、助手席に乗ってた人は奇跡的に助かるってパターンもあるんだよ。
もっとも、奇跡的に助かった人も、数日後には原因不明の心臓発作か何かで死んじゃうってことらしいんだけど……。
なるほどな。
では、その助かった人間が、死の間際に語った話が噂となって伝わったと考えるべきか……。
無論、お前の言っている『ターボババア』とやらが、本当にいればの話だが。
本当にいるかは別として、まあ、そういうことだね。
最近では、ターボババアも随分と仲間が増えたみたいで……走るだけじゃなく、お婆さんがリヤカーを引いているパターンとか、座布団に座ったまま猛スピードで滑って行くパターンとかもあるよ。
後は……これは亜種なのかな?
ピョンピョン跳ねながら車を追い越して行く、『ジャンピングババア』ってのもいるみたいだね。
な、なんか、そこまで行くと、怖さよりもシュールさの方が際立ってるわね……。
特に最後のやつ……。
ジャンプしながら車を追い越すって……いったい何がしたいのよ。
さあ、わかんない。
ターボババアは、その出現する目的も、正体も、一切が不明のままなんだ。
ただ、出会ったドライバーを事故に遭わせる不幸の使い。
そういう存在だとしか言い切れないね。
なるほど、つまりは『死神』というわけか……。
ならば……ターボババアの正体に関して、いくつか思い当たる節はあるな。
思い当たる節?
まさか……犬崎君は、ターボババアが何者なのか知ってるの!?
別に、俺も確固たる証拠があって言えるわけではない。
ただ、嶋本の言っていた話から、よく似た死神の存在を思い出しただけだ。
死神って……あの、黒いマントと大きな鎌を持った、骸骨みたいな姿をした悪魔のことだよね?
まさか……ターボババアの正体は、本当に本物の死神とか……!?
世間一般で信じられている死神のイメージで言うならば、そうだろうな。
だが、俺が今から話すのは、その死神ではない。
ロシアの方で信じられている、『バーバ・ヤガー』という死神だ。
バーバ・ヤガー?
なんだか、発音がババアと似てますな。
もしや、そこに関係が……。
残念だが、それはない。
ただ、この老婆の死神は、少々移動方法がユニークでな。
巨大な臼に乗って、杵を櫂の代わりにし、猛スピードで滑るように移動する。
人食い老婆などとも言われるが……キリスト教がロシアに普及する前は、一部地方で信仰されていた女神だったようだな。
なんか、死神にしては随分とコミカルね……。
それに、昔は女神だったのに、いつしか人食い老婆にされちゃったってのも、可哀想な気がするわ……。
確かにそうだけど……何かに乗って、滑るように移動するってのは、なかなか 興味深いですな。
正に、座布団に乗って滑るバージョンのターボババアではありませんか!!
でも、それはあくまでロシアの伝説なんでしょう?
それがどうして日本の……しかも、高速道路に現れるのよ?
まあ、九条の言いたいことも、もっともだろうな。
俺も別に、ターボババアがバーバ・ヤガーだと決めつけているわけではない。
それに、実はターボババアの原型となったと思われる、もう一つの話も知っているからな。
もう一つの話?
それも、どこかの伝説なのですかな?
いや、これは伝説というより怪談に近い。
場所は東北自動車道ではなく、東名高速道路なんだが……そこに、口以外は何もない、半分のっぺらぼうのような爺さんの幽霊が、猛スピードで自転車をこいで現れるらしい。
性別が入れ替わっているが……まあ、それ以外の話は、嶋本の言っていたターボババアの話と同様だ。
さしずめ、ターボババアならぬ、ターボジジイってところかしら?
でも、私からすれば、どっちも同じように思えるけど……。
確かに、それはそうだろうな。
だが、ターボババアの話と違い、この老人は出現する理由や正体などが、比較的判明しているのが特徴だ。
へぇ、それは珍しいね。
都市伝説っていうと、大概は正体不明で終わることが多いのに。
さっきも言ったが、これは都市伝説というより一種の怪談だからな。
便宜上、ターボジジイと呼ばせてもらうが……こいつの正体は、東名高速を作る際に、最後まで土地の立退きに反対した頑固者の霊ということらしい。
生前は自転車を愛用していたから、高速道路には自転車で現れる。
そして、死後、自分の土地を奪った他の人間達全てを呪い……一種の地縛霊と化したようだな。
なるほどねぇ……。
そこまで言われると、ターボババアの話と違って、なんだかちょっと信憑性があるわね。
でも、どうしてターボジジイの話が広まらずに、正体不明のターボババアの話の方が広まっているのかしら?
ふっふっふ……。
照瑠殿が疑問に思うのも、まあ無理はない話ですな。
私は今の犬崎君の話を聞いて、なるほど、と思ったけどね。
そんな風に思えるの、あなたくらいの者よ……。
で、どうしてターボジジイが廃れちゃって、代わりにターボババアになったのか……説明できるんでしょうね、亜衣?
もっちろん!
とは言っても、そこまで難しい話じゃないけどね。
照瑠は噂話なんて興味ないかもしれないけど……噂話を語る人っていうのは、とにかく話を盛って伝えることの方が多いんだ。
噂には尾ヒレがつきものってやつね。
だったら、話が語り継がれて行く間に、お爺さんの幽霊が、正体不明のお婆さんになったってこと?
それで間違いないと思うよ。
怪談話なんて話すのは、大概が小学生から中学生くらいの年齢だからね。
その中では、より身近に恐怖を感じられて、かつインパクトの強い話が残るんだ。
だから、座布団に座ったまま滑るとか、ドライバーだけじゃなくて同伴者も死ぬとか……そういった、突拍子もない設定に改造された話の方が、聞いた人の印象にも残ったんじゃないかと思うんだよね。
怪談としては、一部、インパクトの方向性を間違えているような話がある気もするけど……。
でも、確かに亜衣の言う通りかもしれないわね。
犬崎君の話だと、単なる怪談話の一つとして記憶の彼方に忘れ去ってしまいそうだけど……座布団に座ったお婆さんが滑って来るとか、ピョンピョン跳ねながら車を追い越して行くなんて聞いたら、想像しただけでも強烈なインパクトがあるしね……。
まあ、噂話の正体など、大概はそういった物だ。
しかし、忘れてはならないのは、それらの話にも必ず元ネタとなった話が存在するということ。
そして、その元ネタの話こそ、地味に恐ろしい話だったりすることだろうな。
噂話に尾ヒレをつけて話すと同時に、その話が本来持っていた恐怖性よりも、インパクトの方を重視しちゃうってのは、もしかすると人間の防衛本能みたいなものが働いているのかもしれないわね。
怖い話をどこかシュールな話にしてしまうっていうのは、なんだかそんな気がしてならないわ。
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