連休も終わって、いよいよ夏が近づいて来た感じがするわね。
学校の制服も、夏服仕様になったみたいだし。
なんだか、気が付けばどこにも行かないまま、ダラダラ過ごしてしまった気がしますなぁ……。
まあ、それでも気まぐれで帰省して、変な物を貰ってくるよりはいいけどね。
また、そんなこと言って……。
そもそも、帰省して変な物貰ってくるってなによ。
それ、田舎のおじいちゃんとかおばあちゃんに、随分と失礼なこと言ってない?
ふっふっふ……果たして、本当にそうですかな?
確かに、普通はそう思うのが自然だけど……日本の山奥の村なんかには、未だに人知れず恐ろしい存在が潜んでいることもあるんだよ?
山奥に潜む恐ろしい存在、か……。
まあ、確かにそういった話には、古今東西に溢れてはいるが……。
そうそう!
犬崎君は、相変わらず話が早くて助かりますなぁ!
おまけに、昔だったら村の中だけの秘密にできたことでも、今ではネットで直ぐに拡散できるからね。
そういう噂、あっちこっちであるんだよ。
なんだか、それはそれで嫌な感じがするわね。
だいたい、ネットの噂なんて、その辺の小学生が作った怪談レベルの話なんじゃないの?
ところが、どっこい!
最近は、なかなかどうしてリアルに怖い話が多いんだよ。
たとえば……帰省した先で怖い体験をしたってパターンの話だと、『八尺様』なんていうのが有名かな?
八尺様?
様が付いてるってことは、ただの妖怪とか、そういうのじゃなさそうね?
まあ、確かにそう言えばそうなのかもしれないね。
もともとは、その土地に住んでる神様に近いものだったらしいし……。
ただ、この八尺様、なかなか厄介な性質も持っているんだよ。
厄介な性質だと?
だが、仮にも土地神に近い存在だというからには……まさかとは思うが、呪詛神か何かの類なのか?
ん~、そこまで凄まじい悪意を持った相手でもないかな?
でも、だからって油断したら駄目ですぞ。
八尺様は、若い男の子が大好きで……気に入った子がいると執拗に追い回して、最後はあの世に連れて行っちゃうんだって。
なにそれ、普通に笑えないんだけど……。
それに、若い男の子大好きって……もしかして、八尺様って女の神様か何かなの?
うん、そうだよ。
そもそも名前の由来になった八尺っていうのは、それが身の丈が2m40cm近くもある巨大な女の人の姿をしているからなんだって。
他にも共通する特徴として、常に頭に帽子みたいなものを被っているとか、男の人に似た声色で「ぽぽぽぽ……」なんて笑うんだってさ。
安易な感じが否めないが、要するに名前の通りの姿ということか。
しかし、確かに若い男に狙いを定め、異界へ連れ去るとなれば笑い事では済まんな。
おまけに、その正体は土地神に近い存在ともあれば、迂闊に手を出すことも危険か……。
まあ、本当に土地神様かどうかも、実際は解ってないんだけどね。
そもそもこの八尺様の話は、某巨大掲示板に投稿された、ある人の体験談が基になっているんだ。
それによると……その人は、帰省した先で八尺様に見初められて、とっても怖い一夜を過ごすことになったんだってさ。
とっても怖いって……もしかして、八尺様に無理やり連れて行かれそうになったとか!?
それに近い事態だね。
男の人が見た八尺様は、帽子に白いワンピースを着た女のひとだったらしいけど……その身の丈は、家の塀を越えて頭が除くほどに大きかったんだって。
で、そのことを村の人に話したら、大騒ぎになっちゃって……結局、盛り塩と護符で固めた部屋の中で、一晩だけやり過ごすことにしたらしいんだ。
魑魅魍魎から身を守るには、昔から用いられる古典的な方法だな。
だが、本当にそんな方法で大丈夫だったのか?
仮にも、相手は下級神に匹敵するような存在なのだろう?
まあ、確かに犬崎君の言う通り、そんなことされたら八尺様も黙っていなくて……部屋の外から壁を叩いて脅かしたり、知り合いの声を真似て外に誘い出そうとしたり、とにかく夜が明けるまで、あの手この手で男の人を部屋から出そうとしたんだってさ。
それでも、その人はおじいちゃんに言われた「決して部屋を開けないように」っていう約束を守ったおかげで、なんとかやり過ごすことができたんだ。
その代わりに、部屋を出る時に四隅を見たら、置かれていた盛り塩が真っ黒に焦げていたらしいんだけどね。
それが本当なら、盛り塩を黒焦げにするなんて、洒落にならない力の持ち主ね。
まさしく、危機一髪ってところだったのかしら……。
そういうことだね。
しかも、八尺様の怖いところは、その執念深さと日中でも平気で出歩けるっていう、お化けの法則を無視したような存在ってところだから……結局、村を出るときにも親戚の人をたくさん車の中に乗せて、誰が本命の男の人なのか、解り難くして出たんだってさ。
なかなかの念の入れようだな。
一度目を付けられたら最後、まともに対峙して逃れることは不可能ということか……。
残念だけど、そういうことだね。
実際、村を出るときも車の真横に現れて、中を覗きこもうとしたり、車を叩いたりしたらしいよ。
そこまでされると、本当に怖いわね。
色々と手の込んだことして撒こうとしてるみたいだけど……本当に、逃げることできたの?
一応、そのときはなんとか、ね……。
実は八尺様にも弱点があって、お地蔵様を使って貼られた結界の中からは、どうしても出ることができないんだ。
だから、村を出たところで車を乗り換えて逃げれば、後は追ってこなかったらしいよ。
だったら、もう大丈夫よね。
その男の人が、何か酷い目に遭ったんじゃないかって心配だったけど。
……だが、本当に安心していいのか?
先程の嶋本の言い方、妙に引っ掛かるものがあるんだが……。
さすが、犬崎君は鋭いですなぁ……。
実は、この話には後日談があってね。
あの後、10年くらい経ってから、田舎から唐突に連絡があったんだってさ。
なんでも、封印に使われていたお地蔵様が……それも、その男の人の家の方角にあるやつが、壊されちゃったんだって。
えぇっ!
それじゃ、もしかして……八尺様は結界から解き放たれて、そのままどこかへ行っちゃったってこと!?
そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないね。
でも、油断はできないよ。
そもそも、この話を報告してくれた男の人は、お地蔵様の件を聞いたことをきっかけに、掲示板で体験を語ろうって決めたらしいし。
自分の死期を悟ったが故のこと……とは、考えたくないな。
願わくは、その八尺様とやらが、既に報告者の男のことを忘れていればよいのだが……。
それはさすがに、八尺様本人(?)に聞いてみないと解らないかもね。
晴れて自由の身になって、改めて男の人のところへ押し掛けようと狙っているのか、それとも別の男の人にターゲットを変えたのか……。
まあ、ターゲット変えた場合は、それはそれで困ったことになりそうですけどねぇ、照瑠殿?
まあ、そりゃ日本全国の男子がすべからく八尺様に狙われる可能性ができちゃったんだから、それはそれで怖いわよね……。
本当にそれだけですかな?
さっき、八尺様は若い男の子が好きって言ったよね。
と、いうことは……もしかすると、次は犬崎君をターゲットにしちゃったりしてね。
ちょっ……!
な、なんで、それで私が困ったことになるのよ!
だいたい、そんなことになったら、一番困るのは犬崎君本人なんじゃないの!?
おやおや、そうですか?
照瑠殿は、犬崎君が大女の妖怪に寝取られちゃってもいいわけですな?
ちなみに、八尺様は身長が凄まじく高いから……一説によると、それに比例して、胸の方もかなりの爆乳って話らしいですぞ。
だから、なんでそういう話になるのよ!
だいたい、私は犬崎君の彼女とかじゃないし、そもそも犬崎君は、セクシーな女の人に鼻の下伸ばす人じゃ……ない、はずよね?
心配するな、九条。
八尺様だか何だか知らんが、俺の目の前に立ち塞がるのであれば、全て俺と黒影で闇に帰すのみだ。
相手が下級神であろうと、遅れを取るつもりはないから安心しろ。
う~む……やはり、な~んにも気付いてないんですな、犬崎君は……。
まあ、確かに犬崎君だったら、八尺様でもサクッと退治しちゃいそうで、私も何も言えないんだけどね……。
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