う~ん……。
春になっても朝と夜は寒い日が続いていたけど、ようやく本格的に温かくなってきたかな?
そうね。
まあ、そう言ってる間に初夏を過ぎて、あっという間に夏が来そうな気もするけど。
季節の移り変わりは早いものですなぁ……。
そういえば、今年はお花見のシーズンを逃しちゃったんだよね。
だったら、私達の町にある火乃澤富士に咲いてる桜を見に行ったら?
あそこの桜、遅咲きで有名だから。
さすがに葉桜が混ざってると思うけど、まだ楽しめるはずよ。
なるほど、遅咲きの桜ですか……。
まあ、確かに綺麗は綺麗なんだろうけど……そういう場所って、妙な曰くがあったりするものなんだよね。
なによ、それ。
桜に曰くって……いくらなんでも、考えすぎじゃないの?
そうですかねぇ……。
でも、昔から『綺麗な桜の下には死体が埋まってる』なんて話も聞くからね。
案外、根元を掘ってみたら、意外と……。
ちょっと、変なこと言わないでよ!
折角、人がお花見のベストスポットを紹介してあげたっていうのに!
どうした、九条?
随分と大きな声を出していたようだが……?
あっ、犬崎君!
いや、ちょっとね。
お花見の話をしていたら、亜衣が『桜の木の下には死体が埋まってる』なんて言い出すものだから……。
なるほど、死体か。
確かに、そういう話は俺も聞いたことがある。
あまりに美し過ぎる花を咲かせる木には、一種の妖しげな雰囲気を覚えることもあるだろうしな。
相変わらず、犬崎君は話がわかりますなぁ。
もしかして、私達の町にある火乃澤富士の桜の下にも、本当の死体が埋まってたりして!
残念だが、それはないだろうな。
確かに嶋本の話していた話は有名だが、これは元々、とある小説家が短編で用いた表現に過ぎん。
しかも、その元ネタは能楽の演目の一つ、『西行桜』だと言われている。
実際は怪談話というよりも、隠居を営む老齢の法師が桜の木の下で死にたいと願ったのが始まりだ。
へぇ、そうだったの……。
亜衣が話すものだから、私はてっきり怪談話かと思ってたわ。
まあ、そう勘違いされてもおかしくはない話だがな。
人間は噂好きの生き物だ。
故に、話の怪談めいた部分だけが一人歩きして、だんだんと都市伝説化していったというところだろう。
な~んだ。
それじゃ、花の色が美しいピンク色になるのも、死体の血を吸ってるからってわけじゃないんだね。
実際、死体の血を吸ったところで、花の色が良くなるはずもないだろう。
桜の木の下に死体が埋まっている等という話は、残念ながらまったくの出鱈目だ。
結局、そういうオチなのね。
だいたい、そんな不気味な曰くつきの木、そうそう街中に転がってたら困るしね。
さて、それはどうかな?
確かに桜の木の話はガセネタだったかもしれないけど、呪われた木の話は他にもたくさんあるんだからね。
例えば、東京にある某競馬場にあるケヤキの木は、切ると祟りがあるってもっぱらの噂なんだよ。
切ると祟りって……それ、本当なの?
少なくとも、木を切ろうとした人達が事故に遭ったって話は聞いてるよ。
それこそ、足の指を怪我したり、機材が落ちて来て怪我したり……酷いのになると、チェーンソーで足を斬ったり、建設重機まで故障しちゃったりしたんだってさ。
うわ、最悪……。
チェーンソーで足を斬るとか、考えただけでゾッとするわね……。
結局、そんなこんなで木を切ろうとしても切れないから、今でも放置されているって話だね。
競馬場のど真ん中、ちょうどコーナーの辺りで中継やら見物やらの邪魔になるっていうのに、今も退かすつもりはないみたい。
ケヤキの木の祟りか……。
まあ、確かに樹齢数百年、数千年を経た木は精霊が宿り、御神木として崇められるというからな。
そういった木が存在しても、別に不思議ではないだろう。
でも、そのケヤキがあるのは競馬場なんでしょう?
私の家みたいな神社にある御神木ならいざ知らず、そんな場所に、そんな曰く付きの木があるなんて……。
昔から、何かいわれとかなかったのかしら?
残念ながら、それはその土地の人間にしかわからないだろうな。
だが、人間と同じで木にも霊的な何かを宿し易いか否かという素質がある。
御神木か否かに関係なく、もしもその競馬場にある木が生まれ付き高い霊的素養を備えた個体であれば、数百年の時を経ずとも精霊を宿している可能性は否定できないだろうな。
後は……これは稀な例だが、樹木葬に使われた木であれば、それはもう単なる木ではなく立派な墓標だ。
先程の桜の話ではないが……それこそ、木の下に死体が埋まっているから祟りを起こしているとも考えられる。
木に手を掛けた人間は知らないかもしれんが、埋められた本人してみれば、墓石を壊されるのに等しいからな。
なるほど、なるほど。
だったら、もしも神社の御神木なんかの枝を貰って挿し木で育てたら、最初から強い霊力を持った木に育つってわけですな。
まあ、簡単に言えばそういうことだな。
もっとも、信心を忘れて世話を怠れば、その限りではないが……。
大丈夫、大丈夫。
と、いうわけで……悪いけど、照瑠の神社にある御神木の枝、私に一本譲ってくれませぬか?
ちゃんと、大切に育てるからさ。
別に、その程度は構わないけど……そんなもの、いったい何に使うのよ?
決まっているではないですか!
私の家の庭で育てれば、きっと御神木のありがた~い御利益があるに違いないからね!
これで我が家も、家内安全、商売繁盛、ついでに私の金運と恋愛運もアップってね!!
はぁ……そんなことだろうと思ったわ。
残念だけど、そんな邪な考えを持った人には、うちの御神木の枝はあげられないわね。
そ、そんなぁ!
そこをなんとか……照瑠殿~!!
駄目ったら、駄目!
だいたい、枝をあげたところで、あなたに本当に木を育てることができるの?
失敗して枯らしちゃったら、それこそ何があるか判らないのよ!?
九条の言う通りだ、嶋本。
御神木の御利益は確かに魅力的かもしれんが、育てるのに失敗すれば、木は悪霊の巣窟になる。
霊的な素養を持った存在というものは、良くも悪くも霊の影響を受け易いからな。
それは、人間も植物も変わらないということだ。
むぅ、二人して失礼な!
この私のピュアなハートを持ってすれば、御神木の一本や二本、軽~く育ててみせましょうぞ!!
ピュアなハートって……自分で言ってれば世話はないわよ……。
この分だと、御神木の周りに罠でも仕掛けておいた方が賢明かもしれんな。
欲に任せて、夜中に枝を折りに来ないとも限らんぞ。
さすがに、それは……いえ、あり得るわね。
はぁ……。
なんか、私の神社からどんどん風情がなくなって行くような気がするんだけど……気のせい、じゃないわよねぇ……。
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