ねえ、亜衣。
前回、あなたが言っていた『第二の口裂け女』って、いったいどんな話なの?
おや、今日は随分と最初から食い付きがよいですな、照瑠どの。
その調子で、私の都市伝説講座を盛り上げてくれると、大いに友達冥利に尽きるのですが……。
なに下らないこと言ってるのよ。
前回、あなたが思わせぶりな終わらせ方したから、それで気になってるだけ
じゃないの!
むぅ、なんという言い草!
でも、私が変な引っ張り方したのは事実だからね。
と、言うわけで……今回は『引っ張る』繋がりで、『引っ張る』のが得意な怪人に登場してもらいましょう。
小学生を肉塊になるまで引きずりまわす、恐ろしい女の怪人!!
彼女の名は……ひきこさん!!
ひきこさん?
もしかして、犠牲者を引っ張るからひきこさんってこと?
だとしたら、随分と程度の低い洒落よねぇ……。
まあまあ、そう言わずに。
確かに照瑠の言う通り、名前だけ聞いたらそう思うかもね。
でも、ひきこさんは、そんな生易しい存在じゃないんだよ。
彼女こそが、現代に復活した『第二の口裂け女』に他ならないんだからね!!
なるほど、『第二の口裂け女』か……。
それは少々、興味深い話だな。
うわっ、犬崎君!?
あなた、いつからそこに……。
前回から、ずっとここにいるが?
今回は話をするチャンスがなかったから、今まで様子を窺っていただけだ。
そ、そう……。
それにしちゃ、全然気配を感じなかったんだけど……。
気のせいだろう。
それよりも、嶋本。
その『ひきこさん』とやらの話、詳しく聞かせてくれるんだろうな?
もっちろん!
それでは改めまして……第二回、嶋本亜衣ちゃんの都市伝説講座の始まりでございま~す!!
(既に始まっていたっていう突っ込みは、たぶん入れちゃいけないの
よね……。)
では、早速ですが、ひきこさんについて語ってしんぜましょう。
彼女の本名は『森姫妃子(もり・ひきこ)』って言って、物凄く美人な上に、頭も良くて優しい性格の子だったんだってさ。
森姫妃子……。
逆さにして読むと、『ひきこもり』……って、亜衣!
あなた、やっぱりふざけてるでしょ!!
いや、別にそんなつもりはないのですが……。
まあ、確かにその名前は、私も後付けなんじゃないかと思ってるよ。
それに、大切なのは名前じゃなくて、彼女の置かれていた境遇だからね。
才色兼備なひきこさんは、当然のことながら先生からの覚えもよかったんだ。
でも……当然、そんな子は必ず嫉妬や妬みの対象にもなっちゃうんだよね。
だから、美人で優しかったにも関わらず、ひきこさんはクラスメイトから壮絶な虐めを受けていたんだってさ。
それは酷いわね。
別に、彼女が何か悪いことをしたってわけじゃないんでしょう?
うん、そうだよ。
まあ、虐める側にしてみたら、そんなことは関係ないことなのかもしれない
けどね。
クラスの子たちはひきこさんの足をつかんで、教室、廊下を問わず引っ張り
回したんだ。
『ひいきのひきこ、引っ張ってやるよ!!』なんて言いながらね……。
なんだか随分と救われない話だな。
その、森とかいう女は、教師に虐めのことを話さなかったのか?
それが、どうやらそうらしいんだよね。
彼女が優しい性格をしていたからなのか、それとも先生に言ったら虐めがエスカレートすると思っていたのか……。
とにかく、学校の先生は虐めの実態を知らなかった。
そして、可哀想なことに、ひきこさんの悲劇はこれで終わらなかったんだ。
終わらなかった?
まさか、そこまで酷い目に遭ってるのに、まだ何かされちゃうわけ!?
うん。
ある日、ひきこさんはいつもと同じように廊下を引きずり回されていたんだけど……そのときに、たまたまどこかにぶつかったらしくて、顔に酷い傷跡ができちゃったんだ。
さすがに彼女もこれはショックで、とうとう登校拒否になっちゃった。
でも、残念なことに……ひきこさんの両親は、彼女と違って全然優しくなんかなかったんだよね。
優しくない?
も、もしかして……。
そう、照瑠の考えている通りだよ。
彼女の父親は酷い飲んだくれで、母親は外面ばかりを気にするような人だったんだよね。
だから、彼女が学校に行かないのに腹を立てて、両親揃って嫌がるひきこさんを無理やり学校に行かせようとしたんだよ。
それこそ、最後は柱にしがみついて泣く彼女のことを、むりやりに引き剥がして引っ張り回したんだ。
なんというか……救われないな、その森という女は。
学校から逃げ出しても、家では家で、同じように引きずり回されるとは……。
まあ、それでも結局、ひきこさんは学校に行くことはしなかったんだけどね。
両親も最後は諦めたらしくて、とうとう彼女を自分の部屋に閉じ込めちゃったんだよ。
その上、完全に愛想を尽かしていたもんだから、罰として当分の間は食事抜きってことにしたらしいね。
そんな!
それ、もう立派な虐待じゃないの!?
全然ご飯を与えられなくて、彼女は大丈夫だったの?
大丈夫、といえば大丈夫だったのかな?
ある日、そろそろ罰もいいだろうと思って部屋を開けてみたところ、そこにいたのは、部屋の中で一心不乱に虫を食べる娘の姿だったんだ。
家の中で虫なんてやたらに見つかるもんじゃないから、たぶんハエとかクモとか……後はGなんかじゃないかと思うんだよね。
うげぇっ!!
いくら空腹でも、ハエやゴキブリまで口にするなんて……。
それだけ彼女も、追い詰められていたってことなのかしら?
そういうことだね。
その頃には、彼女の心も完全に壊れちゃってね。
両親も娘の奇行に恐れをなして、とりあえず一日に一食だけ、水と100円のコンビニおにぎりを与えることにしたらしいよ。
それから、やがて月日は流れ……ひきこさんは、新たな妖怪として覚醒したんだ。
雨の日になると、彼女は家の窓からこっそり抜け出して、自分を虐めたのと同じように小学生を襲うんだよ。
その顔は度重なる虐待で、かつての美しかった面影は既にないね。
脚も虐待のせいで折れ曲がっているんだけど、カニ歩きのような歩き方で、恐ろしいほどのスピードが出せるんだってさ。
そして、『私の顔は醜いかぁ!!』と叫びながら、ターゲットの子どもを捕まえると……後は、その子が肉の塊になるまで引きずり回して、最後は自分の家にコレクションとして吊るすんだとか。
口も耳まで裂けていて……それこそ、顔だけ見れば口裂け女まんまの姿なんだよね。
まあ、確かにそこまで酷い目に遭わされたら、逆恨みで小学生を襲いたくもなるわよ。
ところで、彼女の両親って、最後はどうなったの?
彼女の両親は、既にひきこさんに殺されているって説が濃厚だよ。
家に吊るしてあるコレクションの中には、両親の遺体もあるんだってさ。
でも、そんな恐ろしいひきこさんだけど、いくつか弱点もあるんですぞ。
今からそれを、照瑠どのにも伝授してさしあげよう!!
要らないって言っても、どうせ最後まで語るつもりでしょ?
まあ、いいわ。
使うことはないと思うけど、一応は聞いておいてあげるわよ。
うむ、では改めて……。
まず、最初の弱点だけど、ひきこさんは自分の醜い顔が嫌いなんだ。
だから、彼女が『私の顔は醜いかぁ!!』と訊いて来たときに、すかさず鏡を見せるといいらしいよ。
虐めに対するトラウマがあるから、『引っ張るぞ!』と脅すと逃げて行くなんてのもあるね。
後は、自分を虐めた子と同じ名前の名札をつけている子は襲わないとか、虐められっ子は襲わないってのもあるらしいけど……。
恐ろしい妖怪だと思わせておいて、随分と小心者なところもあるんだな。
もっとも、お前が以前に語っていた、口裂け女がポマードを怖がる理由なんかと同じだと思えば話は早いんだろうが……。
そういうこと。
まあ、私も犬崎君に口裂け女の話をされて、初めてひきこさんとの共通点に
気付いたんだけどね。
どういうこと?
前回、犬崎君が、口裂け女は当時の人間の中にあった、心の病みが生んだような存在だったって話をしてたでしょ?
ルーツとなった山姥なんかもそうだけど、そこにあったのは周りと違う姿をした人間に対する差別の意識。
それじゃ、果たしてひきこさんはどうかな?
彼女もまた、現代の闇が生み出した怪物と言っても過言じゃないところがあるって言えるよね?
そうだな。
ざっと考えられるだけでも、虐めに虐待にひきこもり……。
現代社会の抱える問題のオンパレードだ。
ふっふっふ……まさに、犬崎君の言う通り!!
だから、ひきこさんの話が口裂け女をパワーアップさせたような感じになっているのも、たぶん必然だったんだと思うよ。
それに、特定の行動で追い払えるとか、自分の顔について訊いて来るとか、怪速を誇るとか……共通点も、やたら多いしね。
なるほど。
確かに、お前の言う通りかもしれないな。
口裂け女を生んだのが差別と偏見による問題なら、ひきこさんを生んだ背景にあるのは、実にたくさんの社会問題だ。
複数の社会問題が凝縮され、複合することで、口裂け女はより強力な怪物として蘇ったというわけか……。
ひきこさんは、『第二の口裂け女』ね……。
だったら、これからも私達の暮らしている社会で理不尽な問題が起こる度に、こんな妖怪が現れるってことなのかしら?
だろうな。
そして、再び姿を現すとき、やつは社会に渦巻く憎悪を吸って、さらに強大で歪な姿になって、都市伝説として語られることになるんだろう。
それがどんなやつなのかは、さすがに俺も想像できん。
口裂け女にひきこさん。
どっちも怖い話だけど、やっぱりどこか悲しい話ね。
できることなら、私達が結婚して子どもを産む頃には、こんな妖怪が現れない世の中になっているといいんだけど……。
そうですなぁ……。
まあ、その辺は照瑠と犬崎君の子どもだったら大丈夫でしょ。
天下無敵の外法使いと伝説の神社の巫女さんの間に生まれた子なら、それこそ最強間違いなしのチート霊能者になってるはずだからね!!
ちょ、ちょっと!!
なんで私と犬崎君が、勝手に結婚して……おまけに、子どもまで作るって設定になってるのよ!?
どういうつもりだ、九条?
言っておくが、俺はお前とそんな契約をした覚えは……。
なっ!?
わ、わたしだって、誰があんたなんかと!!
亜衣、あなた……まさか、都市伝説を語るついでに、私と犬崎君のあらぬ噂を流してるんじゃないでしょうね?
い、いや、そんなことは……。
それじゃあ、それそろ終了時間が近いので、今日はこの辺で……。
さては図星ね!?
亜衣、ちょっとこっちに来なさい!!
あなたが流した根も葉もない噂、どうやって消すのか……それについて、じっくりと聞かせてもらうわよ?
い、痛いよ、照瑠!!
お願いだから、そんなに耳を引っ張らないで~!!
ふっ……。
ひきこさんの話をしていた人間が、まさか引っ張られる側に回るとはな。
藪蛇とは、時に都市伝説が現実になるよりも、恐ろしい結果を招くということか……。
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