うわっ、なにこれ!?
リュックサックに虫採り網に……それから、ハ虫類の図鑑まで!?
亜衣……あなた、どこかのジャングルでも探検に行くつもりなの?
そうじゃないけど、それに近い感じかな?
三軒先の農家さんのところに、ツチノコが出たって聞いたからね。
それを探しに行こうと思って準備中なんだ。
ツチノコ、ねぇ……。
この前は人面犬を探すとか言ってたけど、あれはどうなったわけ?
それがですなぁ……。
目撃者の小学生に色々聞いたところ、完全なガセネタって判明したんですわ。
そんなことだろうと思ったわよ。
それで、今度はターゲットをツチノコに変えたってわけね。
なんというか……懲りないわねぇ。
ま、転んでもただでは起きないのが私の取り柄だからね。
人面犬はガセネタだったけど、今度はなにやら本物臭い気がするしさ。
その自信は、なにを根拠にして湧いて来るのかしら……。
ツチノコなんて、昔から色々な人が探しているのに全然見つからないじゃない。
犬崎君は、どう思う?
そうだな……。
結論から言わせてもらえば、俺もツチノコの存在には否定的な立場だな。
そ、そんなぁ……。
犬崎君に否定されたら、急に自信が持てなくなってしまいますぞ。
日本では数少ない、未確認生物の都市伝説だっていうのにさぁ……。
勘違いするな、嶋本。
俺は別に、ツチノコの全てを否定しようというわけではない。
ただ、ツチノコを未確認生物と考えることが誤りであると言いたいだけだ。
どういうこと?
そもそも、お前達はツチノコに関してどのようなことを知っている?
単に胴の短くて太い、珍しい蛇程度にしか考えていないのではないか?
う~む……。
言われてみれば、そうかもね。
日本酒が好きとか、スルメイカを焼く臭いが好きとかいう話もあるけど、それ以外は普通の蛇に毛が生えた程度の特徴しかないかも。
単に素早かったり、毒を持ってたりするだけじゃ、他の蛇にも当てはまりそうな特徴だしね。
ど、毒って……。
それ、普通に危ないんじゃ……。
それを言うなら、マムシやハブも同じだろう。
ツチノコは姿形の奇怪さから物珍しがられるが、少し変わった蛇だと考えれば話は別だ。
それに、多くの未確認生物と違い、ツチノコには列記としたルーツのようなものが存在するからな。
ルーツ?
噂でしかない変な蛇に、そんなものが存在するの?
全ての未確認生物に当てはまるわけではないが、ツチノコに関してはそうだと言える。
そもそもツチノコが初めて『生物』として紹介されたのは、江戸時代の百科事典、和漢三才図解という本においてだ。
その際は、野槌蛇という名で掲載されていたそうだ。
野槌蛇……。
確か、ツチノコの別名だったような気がするよ。
ツチノコのツチも、トンカチみたいな『槌』っていう道具から来ているって聞いたことがあるし。
なるほど、トンカチ蛇ってことね。
口裂け女や人面犬と同じで、ツチノコも江戸時代から日本にいた妖怪の一種ってことなのかしら?
なかなか鋭いな、九条。
だが、今回は少しばかり勝手が違う。
ツチノコが歴史上初めて登場するのは、実は江戸時代ではない。
俺達の住む日本に、ようやく文明らしい文明が生まれ始めた頃……縄文時代にまで遡るんだ。
じょ、縄文時代!?
そんな古くから、ツチノコっていたの!?
ああ。
岐阜県の遺跡からはツチノコに似た形状の石器が、長野県の遺跡からはツチノコらしき生物が描かれた土器が出土しているぞ。
大昔、まだ日本人が狩猟や採集の生活をしていた頃から、ツチノコは人々にとって身近な存在だったんだ。
まさか、ツチノコのルーツが縄文時代にあったとはね。
それじゃ、ツチノコはその縄文時代に生きていた珍しい蛇ってことなのかしら?
そう思うのが自然だが、残念だが俺の考えは違う。
そもそもお前達は、縄文時代と聞いて何を想像する?
えっと……なんか槍とか弓とか持って、大きなゾウを、ウホウホ言いながら追いかけてる感じかな?
それは旧石器時代の人でしょう……。
縄文人って言ったら、やっぱり土偶とか縄文土器が最初に思い浮かぶわね。
その通りだ。
狩猟採集民とはいえ、土偶を作っていたことから、当時から何らかの呪術的信仰はあったと思われる。
それに加え、彼らの使う土器は土から生まれ、縄目を使って模様を付けている。
これらのことから、ツチノコに関するある事実が想像できるのだが……分かるか、九条?
なんだか頭がこんがらがって、よくわからないんだけど?
土器とツチノコって、どんな関係があるのよ?
私もお手上げですなぁ……。
もうちょっと、解り易く説明してくれませぬか?
そう、難しく考えることはない。
連中の作っていた土器は、当然のことながら土から生まれる。
土器に模様を付けるのは、土偶と同じく呪術的な意味合いもあったのだろう。
そして……その土器に模様を付ける際に用いるのは、他でもない縄だ。
あっ!
も、もしかして……。
どうやら、九条は気が付いたようだな。
自然の中にいる縄のような生物としては、蛇が真っ先に思い浮かぶ。
実際、蛇のことを口のある縄……クチナワと呼ぶ地域もあるくらいだ。
そして、縄文人にとって、土から生まれる土器は生活の必需品。
その土器に呪術的な意味合いから縄目を付けるということは、何らかの加護を求めてか、はたまた感謝と畏敬の念を現してと考えるのが普通だ。
つまり……縄文人にとって、蛇は土器の神、もっと簡単に言えば大地の申し子ということになる。
大地の申し子!?
なんと……ツチノコが、まさか神様だったとは!?
お前が驚くのも無理はないが、そういうことになるな。
これが奈良時代になると、古事記や日本書紀にカヤノヒメ神の名で登場する。
その別名はノヅチ……つまりはツチノコだ。
もっとも、ノヅチのツチは大工道具の槌ではなく、『~の精霊』という意味らしいがな。
野の精霊、即ち大地の神ということで、現に愛知県や北海道の神社では、未だにこの神を主神としているところもあるらしいぞ。
ツチノコは大地の申し子か……。
そうすると、もしかしてツチノコのツチって、大地を意味する土ってことなのかしら?
鋭いな、九条。
ツチノコをカヤノヒメ神と同一の存在だと考えれば、遠からず当たってはいるだろうな。
トンカチに形が似た蛇という『槌の子』ではなく、大地の子という意味での『土の子』が本来の名前の由来だろう。
う~む……。
有名な未確認生物だと思ってたのに、実は神様だったんですなぁ……。
でも、どうして神様だったのに、いつの間にか妖怪みたいな扱いになってるんだろうね?
最初の話を思い出せ。
ツチノコが生物として紹介されたのは江戸時代。
太平の世の中になり、呪いや祟りといった話は廃れ、代わりに滑稽で物珍しい妖怪の登場する話が次々に生まれた時代だぞ。
そういう時代においては、時に神も神格を失い、魑魅魍魎の一種として扱われることが多い。
信仰というものは、時代と共に移り変わって行くものだからな。
うぐぐ……。
でも、私は諦めないからね!
ツチノコ以外にも、世界にはたくさんのUMAが存在するんだもん!
いつか必ず未確認生物を捕まえて、テレビの向こうから華麗なデビューを飾ってやりますぞ!!
ホント、何度転んでもめげないわねぇ……。
それに、そのUMAって何なのよ?
今度はお馬さんの未確認生物でも探すわけ?
なんだ、照瑠は知らないんだね。
UMAっていうのは未確認生物の総称だよ。
ウマじゃなくて、ユーマとかユー・エム・エイって読むのが一般的だけど……その話は、次回に改めて詳しく語らせてもらいましょうぞ!
では、さらば!!
おい……。
あいつ、自分の用意したリュックサックに入ったまま、部屋の外に跳ねて行ったぞ……。
ツチノコの真似でもしてるつもりなのかしら……。
私からすれば、あの子も十分に未確認生物の一種だと思うんだけどね……。
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