うぇぇ~……。
明日は試験だってのに、英単語も古語も全然覚えられないよ~!!
そんなこと言ったって、仕方ないじゃない。
ぼやいている暇があったら、単語練習の一つでもしなさいよ。
ああ、九条の言う通りだ。
もっとも、俺は古文に関しては、あまり勉強する必要性はないんだがな。
う、うらやましい……。
ホント、二人とも頭いいもんね。
私なんて、記憶力にはぜ~んぜん自身ないもん。
その上、覚えていたらいけないことに限って、いつまで~も覚えていたりするんだよね、これが……。
覚えていてはいけないこと?
何か、過去に辛い体験でもしたの?
いや、別にそういうわけじゃないんですが……。
照瑠は、『ムラサキカガミ』って言葉、知ってる?
なにそれ?
紫色の鏡って……何かの暗号?
いや……。
むしろ、暗号っていうよりは、呪いの言葉に近いかもね。
この言葉を二十歳まで覚えていると……その人は、二十歳の誕生日を迎えたときに死ぬって言われているんだよ。
なっ……!?
ちょ、ちょっと、亜衣!
あなた、ドサクサに紛れて、なんて言葉を教えるのよ!!
ああ、ごめん、ごめん。
でも大丈夫だよ、照瑠。
この言葉を忘れられないときは、代わりにムラサキカガミの呪いを打ち消す言葉を覚えておけばいいからね。
有名な物では、『ピンクの鏡』とか『水色の鏡』。
後は、『永遠に光る金色の鏡』とか『白い水晶玉』とか……『助けてホワイトパワー』なんてのもあるよ。
な、なんか、怖い話だと思ったのに、急に馬鹿馬鹿しくなってきたわね……。
特に最後のやつ。
ホワイトパワーって……あまりに単純過ぎて、聞いてるこっちが恥ずかしくなっちゃうわよ……。
まあね。
でも、これでちょっとは安心できたでしょ?
だから、私達は二十歳になっても、ムラサキカガミの呪いで死ぬことはないよ。
ムラサキカガミの呪いか……。
しかし、なぜ、その言葉を覚えているだけで死んでしまうんだ?
確かに、古来より紫は『死』を連想させる色ではあるが……それだけが理由ではなさそうだな。
うん。
ムラサキカガミの呪いが誕生した裏には、実は色々な説があるんだ。
どっちも1980年代辺りから語られている話でね。
東日本と西日本で、大きくわかれるみたいだけど……。
発祥の起源となった話が一つではないだと?
そういうこと。
まず、東日本で多く語られている話だけど……。
ある女の子が、自分の誕生日にもらった鏡に悪戯して、絵具で紫色に塗っちゃったんだって。
そうしたら、その絵具が洗っても洗っても、なぜか全然落ちてくれないんだ。
洗っても落ちないって……。
なんか、もうその時点で十分に呪いじみているわよ。
そうだね。
でも、本当に怖いのはこれからですぞ。
結局、その女の子は二十歳になったとき、病気にかかって亡くなってしまうんだけど……そのとき、うわ言のように、『ムラサキカガミ……』という言葉を繰り返していたんだって。
で、後で調べてみたところ……彼女が子どもの頃に悪戯した鏡は、外国で有名なシャーマンか誰かが作った、特別な物だったんだってさ。
なるほどな。
彼女にその気はなかったのだろうが、結果として自分で自分に呪いをかけてしまったというわけか……。
しかし、それだけでは『ムラサキカガミ』という言葉を覚えているだけで死ぬ理由にはならんと思うぞ。
物語の少女のように、自分で自分の鏡を紫色に塗れば別なのだろうが……。
むむ、なかなか鋭い御指摘で……。
それじゃ、西日本で伝わっている話の方はどうかな?
今度の犠牲者は女の子じゃなくて、成人式を間近に控えていた女性なんだけどね。
どっちにしろ、女の人が犠牲になるのね……。
で、その人はいったい何したの?
やっぱり、自分で自分の鏡を紫色に塗ったとか……?
いいや、そうではないんですなぁ、照瑠殿。
ある、成人式を楽しみにしていた女の人が、不幸な事故で亡くなってしまったんだってさ。
そんな彼女が亡くなった後、ちょっと妙な噂が流れてね。
なんでも……彼女が生前、『ヤ』のつく筋の酷い男と交際していて、それが原因で亡くなったって話。
まあ、実際は事実でも何でもなかったんだけど、遺族にしてみたらたまんないよね。
まったくだな。
亡くなった後で、その死者に対して悪い噂を流すとは……。
ある意味では、その噂を流した連中は、呪われても同然のことをしたといえるだろうな。
その通り。
結局、噂を流していたのは生前に彼女の友達だった女の子でね。
成人式を迎えた日に、その噂を流した子は忽然と行方不明になっちゃったんだってさ。
その代わり、彼女の部屋には一枚の手鏡が……あの、悪い噂を流された子が生前に大切にしていた、紫色の縁をした手鏡が転がっていたんだって。
なるほどね……。
なんだかこっちの話の方が、私としてはしっくり来るわね。
でも……やっぱり、『ムラサキカガミ』が呪いの言葉になった理由としては弱い気がするわ。
普通の怪談として聞く分には、十分怖い話だと思うけど……。
う~む……。
そう言われると、身も蓋もないんですが……。
犬崎君は、この手の話について、何か知ってることございませぬか?
俺か?
そうだな……。
強いて言えば……この話は、一種の終末思想に近いものを含んでいるのかもしれんな。
終末思想?
それって、この世の終わりがどうたらっていうような考えのこと?
そうだ。
さっき、嶋本のやつが、『ムラサキカガミの話は1980年代辺りから広まり始めた』と言っていただろう?
その時代、俺達はまだ生まれてはいないが……ある、有名な話が世間を騒がせていたことは知っている。
有名な話?
なんですかな、それは?
嶋本なら、恐らくは知っていると思うが……。
お前達は、『ノストラダムスの大予言』というのを聞いたことはないか?
おお、ありますぞ!
確か、1999年に恐怖の大王が降りて来て、地球が滅亡するって話じゃありま
せんでしたかな?
その通りだ。
まあ、実際には地球は滅亡せず、こうして俺達は今も生きているわけだが……問題なのは、そんな噂話の真偽が本気で行われていた時代の背景にある。
なんだか話の方向性が見えないわね?
ムラサキカガミの話と、その予言の話……。
いったい、何が関係あるっていうの?
まあ、そう慌てるな。
これは、俺の推測に過ぎんが……少し考えれば嘘だとわかるような、あんな馬鹿馬鹿しい予言が本当に信じられていた時代だ。
要は、世の中全体がなんとなく、先行きの見えない不安に包まれていたとも言える。
今まで信じてきた物が徐々に崩壊を始め、何を信じればよいのかわからなくなってしまったんだろう。
なるほどね……。
それじゃあ、そういった人々の不安が、ムラサキカガミの話を生み出したってこと?
たぶん、そうだろう。
嶋本の話で多少の理由づけはできているものの、それでも『ムラサキカガミ』の呪い自体は、その仕組みや理由に不明瞭な部分が多い。
なんだか正体のわからぬ物に対する不安……。
それは即ち、当時の社会に溢れていた不安を、そのまま反映した物だとも言えるのかもしれないしな。
そ、そういうことですか……。
でも、確かに犬崎君の言う通りかもね。
呪いの言葉に関する都市伝説は、『ムラサキカガミ』の他にも『赤い沼』とか『イルカ島』とか色々あるけど……どれも、呪いの正体や話の大元がわからないって点では同じなのかも。
その通りだ。
後は……仮に、それらの言葉で本当に呪われることがあるのだとすれば、それはプラシーボ効果の一種のようなものだろう。
プラシーボ効果?
より簡単に言うなら、強烈な思い込みのことだ。
単なる小麦粉でも、医者が『良く効く薬です』と言って渡すと、それを飲んだ患者の容体が快方に向かうなんてこともあるらしいからな。
呪いの言葉を覚えているから、自分は死ぬかもしれないという思い込み。
それが、余計に人々の不安をかき立てて、場合によっては心身衰弱へと追い込んでしまうこともある。
ふぅん……。
まあ、それだったら、やっぱり最後は『気にしないのが一番』ってことになるのかしら?
そう思うと、『ムラサキカガミ』の話を聞いても、もう怖くはないわね。
そうだな。
ところで、嶋本。
明日の試験の勉強だが……こんなところで、下らない話をしている暇があるのか?
明日の科目は英語に古文、それに数学もあると聞いているぞ。
うぎゃぁぁぁぁっ!
そ、そうだったぁぁぁぁっ!
照瑠も、犬崎君も、お願いだから数学教えてよぉ~!
暗記は苦手だけど……それ以上に、数学がチンプンカンプンなんだぁ~!!
悪いが、俺も数学はきちんと勉強しないと点が取れそうにないんでな。
これ以上は、お前の相手をしている暇はない。
そ、そんなぁ~!
ようし、こうなったら……た、助けてホワイトパワー!!
それ、さっき自分で言ってた、『ムラサキカガミ』の呪いを解くための言葉じゃないの……。
そんなもんに頼って試験の成績がよくなるんだったら、私だっていくらでも口にするわよ……。
まあ、放っておけばいいだろう。
思い込みの力は、時に奇跡を呼ぶこともある。
神頼みでも、自分は勉強ができると思い込めれば、意外と良い結果が出るかもしれんぞ?
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