おい、九条。
嶋本のやつに呼ばれて来たんだが……あいつは今、どこにいる?
いきなりそんなこと訊かれても、こっちだって知らないわよ。
だいたい、私だって急に亜衣に呼び出されたんだし……。
自分から人を呼んでおいて、当人が遅刻するとはな……。
まったく、能天気というかなんというか……。
まあ、亜衣のことだし、どこかで油でも売ってるんでしょ……。
あっ、ちょっと待って。
携帯が……って、これ、亜衣からじゃない!
どうも~、亜衣ちゃんで~す!
今、照瑠の神社にある、石段の前にいるんだよ~♪
そんなこと、いちいち連絡しないでよね……。
いいから、さっさと社務所まで来なさいよ!
―――― 数分後。
おい、また電話だぞ。
本当だわ……って、また亜衣からよ。
まったく、石段上るだけで、どれだけ時間かけてるのよ……。
もしも~し、亜衣ちゃんで~す!
今、社務所の前にいるよ~♪
はいはい、わかったから……。
犬崎君も待ってるんだし、早く来なさいよね。
―――― さらに、数分後。
遅いな、嶋本のやつは……。
社務所の前まで来たのなら、さっさと入ればいいものを……。
まったく、何考えて……って、また電話!?
やっほ~、亜衣ちゃんで~す!
今、照瑠達の真下にいるんだよ~♪
ちょっと、亜衣!
悪戯なら、いいかげんにしなさいよね!
だいたい、真下にいるって……どこから電話かけてるのよ!!
待て、九条……。
案外、あいつの……嶋本の言っていることは、本当なのかもしれん……。
えっ、それってどういう……って、きゃぁっ!!
い、いきなり畳が吹っ飛んだんだけど!?
どうも、どうも、こんにちは~♪
亜衣ちゃん、ただいま参上でございま~す!
いきなり床下から現れるとは……忍者か、お前は……。
えへへ、ちょっとびっくしりたでしょ?
今日、私が話すネタについて、少しだけ雰囲気出そうかと思ってね。
冗談じゃないわよ!
勝手に人の家の床板ぶち抜いて……。
後で、弁償してもらうんだからね!!
まあまあ、そう怒らずに……。
それでは、改めて本日のネタについて語らせてもらいましょうかな。
よっこらしょ……っと。
まったく、随分と凝った演出をしてくれたものだな。
ここまで勿体をつけたのだから……当然、今回のネタも、それに見合ったものなのだろうな?
当然、当然!
まあ、そうは言っても、話そのものは至って有名なやつなんだけどね。
照瑠や犬崎君は、『メリーさんの電話』って話を聞いたことはあるかな?
なによ、それ?
どうせ下らない、悪戯電話の類なんでしょ?
いやいや、確かに最初はそう思えるんですが……。
実は、そんな単純な話じゃないんですなぁ……。
どういうことだ?
ふっふっふ……。
実は、今回の話に登場するメリーさん、さっきの私みたいに、徐々にこっちに
近づいてきていることを、電話で伝えてくるんだよね。
電話で伝えてくるって……それだけ?
うん、最初はね。
『私メリーさん、今、●●にいるの……』って感じで、少しずつ家まで近づいてきていることを教えてくれるんだよ。
場所によっては、マンションの何階まで来たとか、エレベーターに乗ったとか、 そういうことまで言ってくるみたいだね
なにやら、随分と律儀な存在のようだな、そのメリーさんとやらは。
それで……最終的に、やつは何の目的で電話に出た人間に近づくんだ?
さあね、それは私にもわからないよ。
ただ、最後は必ず『今、あなたの後ろにいるの……』って言われて……そこで、電話が切れるんだよ。
そして、その時に後ろを振り向いてしまうと……後は、とっても恐ろしいことが起きるんだってさ。
とっても恐ろしいことって……具体的に、何が起きるのよ!?
う~ん……。
実はその辺り、よくわかってないんだよね。
この手の話、大抵は最後の部分で犠牲者が悲鳴を上げて、それで終了っていうオチが多いから。
それで終了だと?
ならば、メリーさんがどのような存在で、何をしてくるのか……。
それについては、何もわかっていないということか?
そういうことだね。
わかっているのは、彼女がこちらに近づいて来るとき、必ず電話で現在地を知らせてくるってこと。
後は、その存在を知ったとき、何か恐ろしい目に遭うってことだけだよ。
なんだか、よくわからない存在ね、そのメリーさんって。
たぶん、幽霊か妖怪の類なんでしょうけど……目的がわからないってのが、一番薄気味悪いわよ。
まあね。
それに、メリーさんは、いつ、誰のところに電話をかけてくるかわからないから……狙われたら最後、逃げる方法がないってのも怖いよね。
まったくだわ。
本当にそんなお化けがいるんだったら、おちおち電話にも出られないじゃない!
どうしてこう、都市伝説に出てくるお化けっていうのは、正体不明なものが多いのかしら?
そうだな。
確かにこの手の話は、相手の正体が不明のままというのが昔からのお約束だ。
どういうことよ、それ?
嶋本の話を聞いて、ある怪談話を思い出したんだ。
これは……恐らく、戦前の話になるのか?
ある下宿屋に、妙な曰くを持った部屋があってな。
そこの話と、嶋本の話していたメリーさん。
それが、酷く似ていると思ってな……。
な、なんと!?
メリーさんって、戦前から語られている都市伝説だったのですか!?
勘違いするな。
別に、俺の話には嶋本の言うメリーさんが登場するわけではない。
ただ、こちらに近づいて来るという点において、原点ではないかと……そう、思っただけだ。
原点?
だったら、メリーさんは登場しなくても、やっぱり誰かが近づいて来るってこと?
そう思ってもらって構わない。
その下宿屋にあった曰くつきの部屋だが、直ぐ近くに階段があってな。
毎晩、夜になると子どもの声で、『●段上れた嬉しいな……』と聞こえてきたらしい。
うへぇ……。
なんか、メリーさんの話と違って、急に不気味さを増してきましたぞ……。
それで、最終的に全部上ると、最後はどうなっちゃうわけ?
わからん。
そこに到達する前に、あまりに不気味なので、多くの者が引っ越してしまったらしい。
だが……ある日、どうしても正体を確かめると言って効かない男がいてな。
そいつは最後まで声を聞き、それを紙にメモしていたらしいんだが……結局、翌朝になってから、発狂した状態で発見されたそうだ。
な、なによ、それ!?
だったら、その階段を上ってきた子どもが、男の人を狂わせたってこと!?
そう考えて、間違いないだろう。
第一、そもそも声が子どもだったらからといって、本当に子どもの霊だったのかどうかも怪しいところだ。
ちなみにこの話だが……当初は階段が十段までだったのが、今では十三段に変化しているようだな。
メリーさんの話というよりも、呪いの十三階段の話と言った方が、知っている者が多いかもしれん。
なるほど……。
確かに似ていることは似ているよね。
もし、これが人伝に語られる内に、メリーさんの話になったのだとしたら……そこそこ、納得の行く説明だとは思いますなぁ……。
でも、だったらいつどこで、その階段の幽霊の話はメリーさんの話になったのかしら?
う~ん、難しい質問だね。
まあ、正確な時期を調べるのは無理だと思うけど……代わりに、メリーさんの話が生まれた背景ってのは、私でも説明できるかもしれないよ。
背景?
あんな無茶苦茶な話に、背景なんてあるの?
うん。
たぶん、私達が生まれる前の話になるんだけど……。
照瑠は、『リカちゃん電話』って聞いたことない?
なにそれ?
電話してくるのは、メリーさんのはずでしょ?
まあまあ、慌てないで最後まで聞いてよ。
『リカちゃん電話』のリカちゃんは、あの有名な着せ替え人形のリカちゃんだよ。
そのリカちゃんと、お話しできるっていう回線があってね……。
これは幽霊でもなんでもなく、列記としたサービスとして存在していたんだ。
電話の向こうで、着せ替え人形のキャラクターを演じたスタッフが話をしてくれるというわけか。
随分と、手の込んだ商売を考えつくものだな。
むぅ、夢がないですなぁ、犬崎君は。
まあ、それでも確かに、どこか胡散臭い商売だと思われていたのは間違いじゃなかったのかもね。
リカちゃん人形は、当時から女の子の間で人気があったみたいだけど……それと同じくして、随分と人形絡みの怖い話もあったみたいだし。
呪われたリカちゃん人形の話とか、捨てられたリカちゃん人形が持ち主に復讐しに来る話とか……。
後は、それこそリカちゃん電話の中に、呪われた回線があるなんて話もね。
まったく……夢がないのは、どっちなのよ。
で、結局、そのリカちゃん電話の話と犬崎君の話が合体して、メリーさんの話が生まれたって言いたいのかしら?
おお、冴えてますな、照瑠殿!
まあ、これだけじゃなくて、他にもいくつか説はあるんだけどね。
例えば……メリーさんの正体は、アメリカの降霊術で呼び出される幽霊だった、なーんていう話とかね。
あっ、ちょっと亜衣!
あなた、人の神社の社務所の床、ぶち抜いたままだってのを忘れたの!?
残念だが、やつならもういないぞ。
あの逃げ足の速さ……あれならば、口裂け女から逃げ切り、ターボババアに追いつけるかもしれん。
さすがは『歩く都市伝説百科』を自称するだけのことはあるな……。
感心している場合じゃないわよ!
待ちなさい、亜衣!
この落とし前……絶対につけさせてもらうんだからね!!
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