ねえ、照瑠。
ちょっと爪切り貸してくれない?
別に構わないけど……どうしたの、急に?
だって、夜に爪を切ったら不幸になるって言われてるじゃん。
だから、今の内に爪を切っておこうかなって思ってね。
夜爪は不幸の始まりか……。
なかなか古風な言い伝えを信じているんだな。
むぅ、失礼な!
私だって、少しは信心深いところもあるんですぞ!
それに、おばあちゃんから聞いた迷信みたいなのは、意外と馬鹿にできないことが多いんだから!
まあ、確かに迷信っていうのは、昔の人が考え出したジンクスみたいなものだからね。
そう考えると、ちょっと私も興味があるかな?
あ、美月!?
あなた、いったい何時の間に……。
こういう話になると即座に湧いてくる辺り、直感だけなら入間も俺や九条と同様の存在になりつつあるのかも知れんな……。
それはともかく……確かに嶋本や入間が言っているように、迷信には迷信なりの意味がある。
おお、さすが犬崎君は解っていらっしゃる!!
迷信を馬鹿にしていると、今に誰かに呪われちゃったり、妖怪にとり憑かれちゃったりするかもしれないしね~♪
そんな大袈裟な……って言いたいところだけど、実際はどうなのかしら?
犬崎君が言うくらいだし、やっぱり亜衣の言っているみたいに、中には危険な迷信も存在するとか?
そうだな……。
例えば、先程の嶋本の話にあった夜爪だが、一般的には夜爪を『世詰め』と懸けて、出世ができなくなるという戒めを込めている。
一般的には……っていうことは、何か裏があるってことよね?
その辺、どうなってるのか知りたいんだけど。
鋭いな、入間。
確かにお前の言う通り、この話には裏……というか、大元になった別の理由がある。
夜、爪を切ってはいけない理由……それは、その切り口から魑魅魍魎が体内に入り込んだり、爪の欠片を誰かに拾われて呪いに使われるのを恐れたからだ。
なるほど……。
それで、さっき亜衣は『妖怪にとり憑かれる』なんて言ったのね。
でも、たかだか爪を切っただけで、何で妖怪にとり憑かれるの?
それに、欠片を拾われるにしても、だったら昼間でも同じ気がするけど……。
まあ、普通に考えればそうだろうな。
だが、今と違ってまともな灯りのなかった昔では、夜は魑魅魍魎の支配する世界と思われていた。
故に、そんな時間に身体に刃物を当てることは、それだけで禁忌とされたんだ。
ちなみに、爪と同じで髪の毛も、夜に切るのはNGなんだよね?
これも爪と同じで……特に髪の毛なんかは、拾われたら丑の刻参りに使われる可能性もあったから、昔の人は本当に怖かったんだと思うよ。
なるほどね~♪
呪いなんてものが本当に信じられていた時代だからこそ、タブーとして語り継がれて来たジンクスってわけか。
そういうことだ。
もっとも、実際には灯りのないところで爪や髪を切ることで、誤って指先や頭を切らないようにするための戒めだったとも言われているがな。
この手の話は夜でも普通に明るい現代においては、既に廃れた風習と言わざるを得ないのかもしれんが……。
でも、今でも夜に口笛吹いたりすると、おばあちゃんから叱られるなんてことあるよね?
ああいう話っていうのも、時代と共に消えてしまうんですかなぁ……。
恐らくはな……。
口笛の話に関して言えば、こちらは先の爪や髪の話以上に、信仰に関する考え方の影響が強い。
巫女である九条ならば、思い当たる節もあるかもしれんが……。
ちょっと、いきなり話を振らないでよ。
私は亜衣や犬崎君と違って、そういう話の裏については疎いんだから。
そうか、ならば言い方を変えよう。
神社において、笛を吹くのはどんな時か……それを思い出してみれば、おのずと俺の言わんとしていることが解るかもしれんぞ。
それこそ、最近であれば正月に、笛を吹く必要があったのではないか?
えっと……神社で笛を吹くのは、神様を呼び出すときね。
確かに、お正月にはそういう儀式をすることもあるけど……それが、何か関係あるの?
ああ、大いにあるぞ。
そもそも笛は、神道における神……つまりは異界の存在を呼び出すための道具だ。
当然、口笛にも同じ効果があるとすれば……そして、魑魅魍魎が跋扈する時間に、素人が迂闊にそれを行えば……後は、どうなるか想像がつくだろう?
こっくりさん等の降霊術でも御馴染の話だが、素人が異界の存在を呼び出そうとすれば、何が現れるかは誰にも判らん。
場合によっては邪悪で恐ろしい存在を呼び出してしまい、そのまま死に至ると……古代においては、そう考えるのが普通だったようだな。
なるほどね。
確かに犬崎君の言ってることも、一理あるって感じかな?
私も素人が変な物を呼び出して酷い目に遭うっていうのは、前の事件で嫌というほど思い知らされたしね。
日本には他にも様々な迷信があるようだが、その多くは成立の理由を忘れられ、慣習だけが残って今に至っているようなものが多いようだな。
全てが明確な信仰に基づいたものではなく、感覚的に作られたものも多いことを考えると、当時の人間達からしても信憑性の強い噂話といったレベルの話だったのだろうが……。
そういう意味じゃ、私達が語ってる都市伝説も、後百年とか二百年後には、何かの形で慣習として残ってるかもしれないってことだよね?
よ~し、だったら私も今から色々調べて、後世の人達のために何かを残さねば!
それこそ、『歩く都市伝説百科』の名に懸けて!!
止めなさいよ。
たぶん、下らない俗気本としてネタにされて笑われるだけだから……。
ところで……そういえば亜衣は、爪切りが欲しかったのよね?
おお、そうでした!
危うく忘れるところでしたぞ!
それじゃ……早速、爪切りを貸してもらうといたしますか。
う~ん……。
それが、今日に限ってポーチに入れ忘れて来ちゃったみたいなのよね。
たぶん、部屋に戻ればあるとは思うんだけど……。
残念だけど、私も今は持ち合わせないわね。
そんなに気になるなら、明日の朝にでも切ればいいんじゃない?
そんなの無理だよ!
だって、朝はギリギリまで寝てたいじゃん!
ゆっくり爪なんて切ってたら、そのまま学校に遅刻しちゃうよ!
なんというか、凄まじく下らない理由だな。
爪を切る時間もないほどに忙しいのか、嶋本家の早朝は……。
むぅ……でも、このまま爪を放っておいたら、今に伸び過ぎて割れちゃうし……。
あっ、そんなこと言ってたら、こんなところにハサミを発見しましたぞ!
よし、これで代わりに切っちゃえ♪
ちょっと!
そんな物で切ったら、爪が変形しちゃうわよ!?
気にしない、気にしない~♪
夜に爪を切ったら駄目っている迷信はあるけど、ハサミで爪を切ったら駄目なんていう迷信は……っ!?
さすがに私も、ハサミで爪切りはどうかと……。
って、言ってる側から指から血が出てるわね。
うぎゃぁぁぁっ!
痛いよ照瑠~!!
薬、包帯、それにバンドエイドを~!!
だから言ったじゃない!
まったく……夜爪の迷信ができたのは、指を怪我しないためだって話だったのに……それを守ろうとして、反対に指を切ってるんじゃ世話ないわよ!
まあまあ、そういう時は、私にお任せ♪
火傷や切り傷には、応急処置で味噌とか醤油つけると治るってジンクスがあるわよ。
傷口に味噌や醤油のような塩分の塊を塗りつけるなど、自殺行為にしか思えんが……。
こいつらの場合、時間に関係なく愚かな行為をしないよう、戒めさせるような迷信や都市伝説が必要なのかもしれんな……。
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