なんだか、春になったのに肌寒い日が続いてる感じね。
この社も古いし……隙間風でも入って来てるのかしら?
確かに、それはあるかもね。
でも、隙間風が入って来るからって、迂闊に隙間を覗き込んだりしたら駄目だよ。
もしかすると……その隙間の向こうには、とっても怖~い存在が隠れているかもしれないからね。
なによ、いきなり気持ち悪いわね!
隙間の向こうに隠れるって……変質者が、覗きでもしてるって言いたいの!?
そんなのだったら、まだマシだよ。
少なくとも、相手が人間だったら、まだ対処のしようがあるんだけど……照瑠は、『隙間女』って話、聞いたことない?
隙間女?
もしかして……隙間の向こう側から女の人が覗いてるとか、そんな話?
まあ、遠からずも当たってるけど、ちょっと惜しい感じかな。
照瑠の言う通り、隙間女っていうのは隙間の向こうからこっちを覗いてる女の人なんだけど……その隙間っていうのが、タンスとか冷蔵庫の隙間なんだよね。
タンスや冷蔵庫って……荒唐無稽にもほどがあるわよ。
いくらなんでも、そんな狭い隙間に人間が隠れられるわけないでしょうに……。
だから、人間じゃないんだってば!
でも、間違っても正体を探ろうなんて考えたら駄目だよ。
隙間女と目が合ったが最後……そのまま隙間に引き摺りこまれて、二度とこっちの世界には戻って来れなくなっちゃうって話だからね。
なるほど、隙間から覗く女の話か。
これは随分とまた、古めかしい話題で盛り上がっているようだな。
あ、今日は最初からいたのね、犬崎君。
いつもいつも、通りすがりに現れるだけではないぞ。
それよりも、嶋本の話していた隙間の女だが、これは別に珍しい話でもなんでもない。
古くは江戸時代に書かれた書物、『耳袋』にも、同様の話が載っている。
江戸時代って、これまた随分と古いわね。
この手の話は時代を超えて、どんなところでも話題にされていたってこと?
そう、驚く必要もないと思うがな。
そもそも、以前に話した口裂け女や人面犬といった存在も、江戸時代には既に民間伝承として伝わっていた話だ。
時代によって多少の差異こそあれ、近代の怪談・怪奇譚の原型は、既に江戸時代に確立されていたと言っていい。
ふ~ん……。
そう聞いちゃうと、なんだか拍子抜けしちゃうわね。
隙間から覗く女っていうから、どんな突拍子もない説が飛び出すかと思ったけど……大元は、昔からよくある怪談の一種ってわけか。
むぅ、これは聞き捨てならぬことを!
確かに、大元のネタは江戸時代の怪談話なのかもしれないけど……それでも、怪談や都市伝説だって、時代と共に進化してるんだからね!
私達の文明が発達するのと同じように、隙間女だって、現代になってパワーアップしてるはずなんですぞ!
パワーアップって……テレビや漫画の主人公じゃあるまいし、その発想はどうなのよ。
そもそも、お化けや妖怪の類っていうのは、むしろ文明が発達したら、廃れて行くものじゃないのかしら?
いや、一概にそうとも言い切れんぞ。
今後の参考のために、とりあえず現代に伝わる噂話を聞かせてもらいたいところではあるな。
おお、やはり犬崎君は解っていらっしゃる!
それじゃ、改めて……現代に伝わる隙間女の話を紹介しちゃいますぞ!
ちょっと、犬崎君!
余計なこと言って、亜衣を調子に乗らせないでよ!
まあまあ、照瑠殿も、そう言わずに……。
とりあえず、一般的によく知られている話だと、隙間女は古びたアパートに現れるみたいだね。
彼女の現れる部屋は『曰くつき物件』になってることも多くて、そこに住んだ人は、最初はどこかから常に見張られているような視線を感じるんだってさ。
常にどこかから見張られているって……ある意味、相手が人間か幽霊かに関係なく気分悪いんだけど……。
まあ、それが普通の人の考えだよね。
でも、一番最初にも言ったけど、絶対に正体を探ろうなんて考えたら駄目だよ。
隙間女に付けこまれたら最後、そのまま隙間に引っ張り込まれて、二度と帰ってこれなくなっちゃうんだから!
だが、それでは住人は常に視線に脅えて暮さねばならなくなるな。
最も簡単なのは引っ越してしまうことだが、これでは根本的な解決にはならん。
やはり、俺のような存在が、強引に力を行使して追い払うしかないのか?
究極的に考えれば、そういうことになっちゃうね。
まあ、そうそう都合よく追い払えれば苦労はしないから、普通はもっと別の方法で戦うしかないんだけどさ。
別の方法って……相手は、幽霊とか妖怪の類なんでしょ?
何の力も持ってない人間が、そう簡単に追い払うことなんてできるわけ?
う~ん……追い払うっていうのとは、ちょっと違う気がするんだけどね。
でも、相手の力を封じるって点では同じかな。
一番簡単な方法は、とにかく隙間をガムテープなんかで封印しちゃうってやつだね。
それこそ、家具の隙間から扉の隙間、おまけに窓や机の引き出しまで、全部封印しちゃえばOKだよ!
そんなことしたら、まともに生活できないじゃない!
だいたい、隙間なんて家のどこかしらに必ずあるものでしょ!?
それを全部封じるなんて、いくらなんでも無理よ!
まあ、そう考えるのが普通だけど、当事者にとっては死活問題だからね。
気合と根性で隙間を封印して、外にも出ないで家の中で震えてるしかないんじゃないかな?
よくある話のパターンだと、そんな風にして引き籠り状態になった友達を心配して、やってきた人が事件に巻き込まれるって感じだね。
さ、最悪……。
友達が心配で様子見に行ったら、自分も巻き込まれちゃうなんて……。
怪異は当事者だけでなく、関係者にも伝播するという良い例だな。
しかし……本当に、ガムテープ程度で隙間女とやらを封印できるのか?
その程度で動きを封じられるのであれば、随分と低級な存在な気もするが……。
そりゃ、百戦錬磨の犬崎君からすれば、そう見えても仕方ないと思うけど……。
でも、隙間女もなかなか狡猾で、どんな小さな隙間でも、目敏く見つけて闇に引き込もうとするからね。
封印に使ったガムテープを、安心して机の引き出しにしまったら……その引き出しを『隙間』と認識して、襲い掛かって来たなんて話もあるし。
どうやら、なかなかどうして、抜け目ない性格をしているようだな。
狙った獲物を逃がさないことも含め、さながらクトゥルフ神話に登場する、『ティンダロスの猟犬』と言ったところか?
さすがに異世界の怪物と同格ってことはないと思うけど……まあ、油断できない相手ってことは確かだよね。
でも、最近は隙間女程度では怖がらない猛者もいるようでして……中には返り討ちにしちゃったなんて話も聞きますぞ。
返り討ちって……!?
な、なにか物凄い超能力とか、霊感とか使って追い払ったわけ!?
いやいや、そこまでの力は必要ないですぞ。
例えば、合気道の経験のある人が、隙間から伸びてきた手首を捻り上げて骨折させちゃったとか、後は隙間女を隙間から引っ張り出して、『痩せ過ぎだ!』なんて説教したなんて話もあるね。
なんか、今の話で急激に怖さが半減したんだけど……。
そもそも、幽霊って私達が触ったり掴んだりできたっけ?
まあ、その辺はあくまで噂ってことで♪
特に、説教するパターンの話だと、そのまま幽霊とラブラブになって、同棲しちゃったりするオチもあるからね。
この辺は、最近のラノベなんかに見られる影響が強いのかな?
なるほど……。
良い、悪いに関係なく、確かにパワーアップはしているようだ。
江戸時代では単に戸袋の隙間に潜んでいる幽霊の話だったが、それがここまで発展するとはな。
人間の想像力とは、面白いものだ。
そこ、感心するところなのかしら?
それに、最後の方のやつになると、怪談というよりはラブコメな感じだし……。
そもそも、なんでわざわざ隙間から覗いたりするのよ、その女は……。
そうだな……。
恐らく、それは隙間というものが、異なる世界を繋げる一種の門としての役割を果たしているからだろうな。
隙間が門?
でも、そんなこと言ったら、隙間なんてそこら中にありますぞ。
別の世界と繋がるんだったら、それこそ町中が隙間女だらけってことに……。
いや、別に全ての隙間が門としての役割を果たすわけではないんだが……。
そもそも、お前達は扉や窓といったものの役割を考えたことはあるか?
そんなの簡単じゃない。
雨風が部屋に入って来ないようにしたり、部屋と部屋の出入り口にするためでしょ?
その通りだ。
部屋と部屋……つまり、異なる空間と空間の繋ぎ目として、窓や扉は存在する。
同時に、壁とは別の、空間と空間の境界線としての役割も果たしているわけだが……それに、隙間が生じた場合、この境界線が曖昧になるんだ。
境界線が曖昧……ってことは、まさか!?
どうやら、九条は気が付いたようだな。
察しの通り、『向こう側の世界』の住人達からすれば、扉はそのまま現世と常世の境界線となる。
そして、その境界線が曖昧になったからこそ、連中はこちら側の世界の人間に手を出せるようになるというわけだ。
なるほどね。
それじゃ、隙間女にとっての隙間っていうのは、空間の切れ目ってことなのかな?
そう考えて問題ないだろう。
そもそも、隙間女の話に限らず、扉が霊的な存在の障壁として作用する話は数多い。
例えば、悪霊が扉の向こうにいても決して扉を開けてはならないとか、後は『ひとりかくれんぼ』の話をした時にもあったが、儀式を終えずに家から外に出ると、永遠に儀式が終了しない等といった話だな。
扉や家具の隙間は空間の切れ目か……。
でも、確かに言われてみればそうなのかもしれないわ。
幽霊だったら、壁をすり抜けて現れればいいのに……扉が障壁になって部屋に入れないっていうのは、普通に考えたら変だもの。
扉が閉まっていれば、その空間は先に部屋の中にいた者の存在が優先されるからな。
要するに、幽霊であったとしても、許可なく他人の空間には入れないということだ。
反対に、最初から地縛霊などが巣食っている家の場合は、そもそも先住者が『向こう側の世界』の存在なので、こちらが一方的に侵入者として扱われてしまうわけだが……。
幽霊の世界にも、ルールってやつがあったんだね。
ところで犬崎君。
実は……私も最近、自分の部屋でなにやら不穏な視線を感じておりまして……。
まさか、自分の家にも隙間女がいるなんて言い出すんじゃないでしょうね?
言っておくけど、前にあなたの部屋に遊びに行った時、物凄く汚かった気がするんだけど……。
どうせ、お菓子の食べカスなんかを狙って、ネズミか何かが巣食ってるんじゃないの?
むぅ、失礼な!
この麗しきレディの部屋に、ネズミなんぞ湧くわけないですぞ!
自分で言っていれば世話はないな。
ちなみに、嶋本。
念のため聞いておくが……最近、寝ている間に乾いた足音のようなものを聞いたり、顔の周りがむず痒かったりすることはないか?
えっ!
ど、どうしてそれを……!?
まさか、本当に私の家に、隙間女がいるってことは……。
いや、安心しろ。
お前の話を聞いて、視線の主は隙間女ではないことが判明した。
恐らく、部屋に散らかった菓子の食べこぼしを狙い、ゴキブリか何かが徘徊しているのだろうな。
顔の周りが痒いのは、連中がお前の涎でも舐めに来たんだろう。
うぎゃぎゃぎゃぎゃぁぁぁぁっ!
それ、全然安心できませんぞ!
マジで最悪、最低、地獄より酷い悪夢ですぞぉぉぉっ!!
自分で部屋を散らかすだけ散らかして、ろくに掃除もしないからでしょ!
そもそも、Gが湧いても気が付かない神経とか、そっちの方が問題じゃない!
むぉぉぉぉっ!
こうなったら、帰ったら即効でバルサン炊いてG退治してやる!
隙間という隙間の中に、殺虫剤も噴射してやるぅぅぅっ!
古今東西、隙間に潜む者は数多いが、やはり最後は現実的な存在の方が脅威となるようだな。
意外と、殺虫剤を撒かれたことで、隙間女も息苦しくなって出て来るかもしれんぞ。
そんなオマケ、全然嬉しくないよ!
おのれ、全ての人間に不快な思いをさせる黒い悪魔め!
この地球上から、一匹残らず抹殺してやるからな!
見ておれぇぇぇっ!!
やれやれ……。
ゴキブリが隠れ家にするような隙間じゃ、さすがの隙間女も使うのは勘弁願いたいってところかしらね。
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