う～む……。

　どうした、嶋本？

　珍しく難しい顔をしているようだが……。

　それがですなぁ……実は、春休み中に遊び過ぎて、お小遣いを使い果たしてしまったんだよね。

　調子に乗って前借りまでしちゃったから、このままだとゴールデンウィークになっても、どこかに遊びに行くためのお金がないという緊急事態でありまして……。

　自業自得……と、言いたいところだが、確かにそれは由々しき問題だな。

　貧乏故の苦労は、俺も痛いほど良く解る。

　おお、犬崎君がのっけから賛同してくれるとは！

　それじゃ、物のついでに、一緒に照瑠に頼んでくれないかな？

　九条神社のお賽銭、ほんの少～しだけ分けてもらえないかってさ！

　ちょっと！

　なに、人のいないところで、勝手な相談進めてるのよ！

　だいたい、なんで亜衣が金欠だからって、私の神社のお賽銭を分けてあげなくちゃいけないわけ！？

　だが、そうは言っても、金の問題は生活に関わる死活問題だぞ。

　金がなければ食い物も満足に買えんからな。

　今はいいかもしれないが、いずれは野山でウサギやハトを捕まえたり、食べられる草を探して食ったりせねばならなくなる……。

　いや、ウサギやハトって……。

　犬崎君、あなた、いつもどんな生活してるわけ？

　というか、亜衣はお小遣いがないだけで、別にそこまで貧困で苦しんでるってわけじゃないと思うけど……。

　そんなことないよ！

　お小遣いがなかったら、お菓子だって買えないんだよ！？

　これは十分に貧困と言えますぞ！

　どうか、貧しい私めにお恵みを～！！

　だ～めったら駄目！

　だいたい、そんなにお小遣いが足りないなら、アルバイトでもして自分で稼げばいいじゃない。

　ゴールデンウィークまでは、まだ日があるんだし。

　でも、私達ができるアルバイトなんて、大したお金にならないものばっかりじゃん！

　短期間で稼ぐなら、やっぱり危険なアルバイトをしなくちゃ駄目かなぁ……。

　危険なアルバイトって……亜衣、まさかあなた、法的に拙いことを考えてないでしょうね！？

　むぅ、失礼な！

　いくらなんでも、そこまで危険なアルバイトには、亜衣ちゃんだって手を出したりしませんぞ！

　ただ、ちょっと精神的に危険なアルバイトってことは確かだけどね。

　精神的に……だと？

　なにやら嫌な予感しかしないが、本当に大丈夫なのか？

　まあ、それは人によって耐えられるか否かが分かれるところだね。

　犬崎君みたいに、死後の世界に関わっている人だったら、全然平気かもしれないけど。

　犬崎君なら平気って……それ、裏を返せば大半の人にとって、トラウマ物の仕事ってことじゃないかしら？

　そんなものやって、本当に大丈夫なわけ？

　平気、平気～♪

　だって、私も照瑠や犬崎君と一緒に、色々な事件に関わって来たからね。

　今さら、死体の一つや二つ、直視しても怖くないし♪

　死体を直視だと？

　火葬場のアルバイトでもするつもりか？

　う～ん、ちょっと違うかな。

　私がやりたいのは、病院関係のアルバイトだよ。

　深夜、病院に置いてある解剖実験用の死体を洗ったり、ホルマリン漬けのプールに入れられた死体を、浮かび上がって来ないように沈めるっていう仕事かな？

　さ、最悪……。

　確かに、そんな仕事は誰もやりたがらないでしょうから、給料も高そうではあるけど……いくらなんでも、心臓に悪過ぎるんじゃないかしら？

　そうかな？

　同じ死体を扱うアルバイトだったら、たぶん人身事故でバラバラになった死体を回収する仕事の方が高額だよ。

　死体洗いは日給で１万～２万円くらいって聞くけど、死体回収は一回で１０万円以上貰えるって聞いてるしね。

　どっちにしろ、冗談じゃないわよ！

　そんなもの見たらトラウマで、まともに食事や睡眠が摂れなくなっちゃうじゃない！

　まあ、確かにそれはそうかもね。

　だったら、反対に自分の身体を差し出す高額バイトならＯＫかな？

　あ、勿論、エッチなことをするような仕事じゃないから安心してね♪

　そんなことをするくらいなら、普通に肉体労働系のバイトでもした方が良い気がするんだが……。

　一応、聞いておいてやろう。

　風俗産業でもないのに身体を差し出すとは、いったいどんな仕事なんだ？

　よくぞ聞いてくれました！

　まず、一番有名なのは『骨折アルバイト』の話だね。

　手足の骨を実際に折ってみて、人間の骨はどれだけの強度まで耐えられるのかとか、どのくらいの期間で完治するのかなんかを調べるってやつだよ。

　自分の骨を折ってお金を貰うなんて……それ、物凄く痛そうなんだけど……。

　だいたい、そんなことしなくたって、今はお医者さん達の間に、もっとしっかりしたデータがあるんじゃないかしら？

　おや、照瑠殿は痛いのは御嫌いですかな？

　それじゃぁ……ちょっと大変なお掃除の仕事なんかだったら、痛くなくても平気ってことですかねぇ？

　別に、私が働くわけじゃないんだけど……まあ、痛くないなら、それに越したことはないわね。

　お掃除の仕事程度だったら、たしかにちょっと大変かもしれないけれど、意外と健全な気もするし。

　確かに、デパートやビルの清掃員なんかはそうだと思うよ。

　でも、残念でした！

　私が探してるのは、バキュームカーのタンク内を掃除する仕事なんだ。

　タンクの底には小銭が落ちてることが多いらしいから、ちょっとした宝探し気分だね♪

　ちょっ……！？

　とんでもないことを、さらりと言わないでよね！

　バキュームカーのタンクって……そんなところの掃除なんかして、身体に臭いが染み付いちゃったらどうするわけ！？

　どうするもこうするも、慣れれば全然平気って話だよ。

　ちなみに、これと同じようなお仕事で、タンクローリーのタンク内清掃っていうのもあるらしいね。

　こっちはガソリンの臭いにまみれて掃除するから、シンナー中毒と同じような感じになって、馬鹿になっちゃう人も多いって噂だけど。

　汚くないけど、余計に悪いわよ！

　そんな仕事、絶対に駄目！

　いくらお金がないからって、もっと安全なアルバイトを探しなさいよね！

　むぅ……。

　だったら、やっぱりここは身体より精神削るってことで、アパートやマンションに短期間住むバイトっていうのはどうですかな？

　マンションに短期間だけ住む仕事だと？

　普通、そういった物件というものは、こちらが家賃を支払って住む物ではないのか？

　ふっふっふ……甘いですぞ、犬崎君。

　確かに、普通はそうだけど、中にはそのままじゃ住めない物件っていうのもあるんだよね。

　犬崎君だったら、ちょっと考えれば解りそうなものだけど……。

　そのままでは住めない物件だと？

　まさか……『向こう側の世界』の連中が先にいることで、居住者が居着かない物件のことか？

　そういうこと！

　まあ、殆どがガセネタだとは思うけど、やっぱり以前に人が自殺したり、殺人事件があった場所に住みたいって人はいないからね。

　そういう場所には、予め短期で人に入ってもらって、浄化しておく必要があるんだよ。

　ちょ、ちょっと待って！？

　浄化って……そこに人が住んだところで、別に誰かが亡くなった事実は消えないわよね？

　それに、もしも本当の幽霊がいたとしても、そんな程度で消えるなんて……。

　なるほど、そういうことか。

　だが、それならば俺は、普通に今の仕事を続けた方がよさそうだ。

　廃ビルの悪霊退治などを引き受ければ、それだけで１００万単位で報酬金が貰えるからな。

　ひゃ、１００万～！？

　でも、私は別に犬崎君みたいな力があるわけじゃないし……やっぱり、一獲千金狙うなら、高額バイトをする他にないかも……。

　そう、驚くこともないだろう？

　それに、俺の仕事は報酬金も法外だが、それに比例して仕事道具にかかる費用も法外だぞ。

　なにしろ、この世の者ではない存在を相手に戦うわけだからな。

　悪霊退治に必要な退魔具だけでも、普通に数十万単位で金が飛んで行く。

　なるほどね……。

　で、亜衣の言ってる仕事だけど……それ、どこで求人やってるのかしら？

　今まで色々なアルバイトの話を聞いて来たけど、私は一度も求人票で見たことなんてないわよ？

　いやぁ……そ、それがですなぁ……。

　実は、私も噂で聞いたことあるだけで、どこで求人してるかはサッパリなんだよね。

　都市伝説マニアの私としては、一つくらい、本当にあっても良さそうな気がするんだけど……。

　最後の最後で、結局そんなオチなわけ？

　まあ、美味しい話なんて、そうそう転がってるはずもないし……やっぱり、お金が欲しかったら、地道に働きなさいってことかしら？

　だが、そうは言っても、嶋本は今この瞬間に金が欲しいのだろう？

　ならば、ここは俺の手伝いでもしてみるか？

　昨日、ちょうど○×町の廃屋に出る幽霊退治を依頼されたからな。

　手伝ってくれるなら、報酬は山分けでも構わないぞ？

　な、なんと！

　犬崎君の仕事の報酬だったら、半分にしても何十万って額になるんだよね？

　むふふふふ……。

　これは、協力しない訳には参りませんぞ！

　なんか、物凄く不安なんだけど……。

　幽霊退治の手伝いって……それ、本当に大丈夫なの？

　大丈夫もなにも、嶋本には霊を呼び出すための囮をやってもらおうと思っていたんだがな……。

　まあ、最悪の場合、しばらくは悪夢にうなされる日々が続くかも知れんが……それも、長くて３ヵ月程のことだろうしな。

　普通に危ないじゃないの！

　そんな仕事するくらいなら、ちゃんと真面目に働いてお金稼ぎなさい！

　なに、心配するな。

　いざとなったら、俺と黒影がギリギリで助けてやる。

　嶋本も、金のために自分の身体を張るのは嫌いではないんだろう？

　ひょえぇぇぇっ！

　い、いくら私でも、そんな仕事はさすがに勘弁ですぞ！

　くわばら、くわばら～！！

　あ……逃げた。

　放っておけ。

　あの調子なら、あいつが妙なバイトに手を出すこともないだろう。

　これに懲りて、少しは自分の金使いを反省してくれるといいんだが……。

　犬崎君なりに、荒療治したってわけね。

　それならいいけど……皆も、高額な報酬金に乗せられて、迂闊に変なアルバイトに手を出したら駄目だからね！